大判例

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福岡地方裁判所 昭和52年(わ)123号 判決

主文

被告人三名をそれぞれ罰金一〇万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金二〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。

理由

(犯行に至る経緯等)(略)

(罪となるべき事実)

第一  共謀等

福岡県教職員組合、福岡県高等学校教職員組合及びこれを支援する全日本自治団体労働組合など所属の組合員(以下「組合員」という。)が、昭和五二年一月九日午前六時五〇分ころから、福岡県立学校管理職任用候補者選考試験及び福岡県内市町村立学校管理職等任用候補者選考試験の試験場である福岡市博多区堅粕一丁目二九番一号所在の福岡県立福岡高等学校正門前付近に相次いで集まり、同日午前七時四五分ころまでには、同高等学校正門前付近に集結した組合員が約二四〇〇名に達し、同正門に通ずる幅約一六・五メートルの通路(以下「正門前通路」という。)入口一杯にピケツトラインを張る者は約三三〇名に達し、その間における同日午前七時二五分ころから、ピケットライン中の一部の者がビニール製紐で相互の身体を結び合うなどしたため、右ピケツトラインは強固なものになつた。

一方、右試験の受験者らにおいては、同日午前七時二〇分ころから、同高等学校正門前に集合し始め、同日午前八時ころまでには、実際に受験した二三二九名のほぼ全員が同正門前付近に到着したが、組合員らの右ピケットラインのために入場できず、同日午前七時三七分ころ現場に到着した福岡県教育庁の誘導係員を先頭にし、同正門前車道上に、同区千代町交差点方向に五列縦隊となつて佇立待機した。

組合員らが、これら待機する受験者らに対し「受験者らは帰れ。」などと口々に罵声をあびせるなどしていた。

被告人待鳥恵、同白石健次郎は、福教組執行委員長の大穂こと藤田勝清(昭和五三年一二月五日死亡)と共に、同日午前七時ころまでに、同高等学校正門前に到り、被告人花田守は、管理職試験の不受験説得行動を激励するために、同日午前七時一〇分ころまでに、同所に来たが、その後、それぞれ右ピケツトラインの前面付近に立ち、あるいは右ピケツトラインの中に入り、または、同正門前車道上に待機している右誘導係員及び受験者に激しく抗議するなどして管理職試験実施の中止を迫つた。

右事態に対処するため、県教育長が、右ピケツトラインの自主的な解除を求めて、受験者らを入場させようと考え、同日午前七時四五分ころから午前七時五五分ころまでの間に、同高等学校校内から教育庁係員に指示して拡声器を用いて「通路を開けられたい。通路を開けない場合は退去命令が発せられることになる。」旨約一〇回にわたり警告し、さらに同日午前七時五六分ころから午前八時ころまでの間に、同様の方法で「通路を直ちに開けよ。通路を開けない場合はやむを得ず警察官の出動を要請することがある。」旨数回にわたり警告を発し、同趣旨を記載したプラカードを同高等学校正門前に掲示した。

しかし、組合員らにおいては、正門前通路の右ピケツトラインを解かず、被告人三名は、右藤田に共にこれに呼応し、引続き同正門前車道上に待機している右誘導係員及び受験者に対して激しく抗議し、管理職試験の中止を迫つた。

かくして、被告人三名は、同日午前八時ころ、右藤田及び正門前通路にピケツトラインを張る約三三〇名の者との間において、威力を用いて本件管理職試験の実施を妨害することについて暗黙のうちに意思を相通じ、ここにその共謀が成立した。

第二  実行行為

被告人三名は、藤田勝清及び前記組合員約三三〇名と共に昭和五二年一月九日午前八時ころから午前八時五五分ころまでの間、前記福岡高等学校正門前において、前記県教育長森田實の発した退去要請を無視し、前記正門前通路入口に一杯になつて、一部の右組合員においてビニール製紐で相互の身体を結び合うなどして密集体形で人垣を作つて強固なピケツトラインを張り、被告人らにおいて右ピケツトラインの最前列に位置し、五回にわたり同高等学校内に入場しようとする管理職試験の前記受験者及び同人らを誘導中の福岡県教育庁の係員らに対し、「帰れ。帰れ。」などと怒号しながら、右受験者及び係員らの先頭部分前面に立ちふさがり、右組合員らにおいてスクラムを組み、被告人らにおいても四回目の入場行動のときからスクラムを組み、あるいは身体で押し返すなどしてその入場を阻止し、同日午前八時受付開始、同日午前九時試験開始、同日午後五時三〇分終了予定の管理職試験の実施を約一時間にわたつて遅延させ、もつて威力を用いて県教育長の同試験実施の業務を妨害したものである。

(法令の適用)

被告人三名の判示所為はいずれも刑法六〇条、二三四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で、被告人三名をそれぞれ罰金一〇万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、刑法一八条によりそれぞれ金二〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することにし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人三名に連帯して負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

一  公訴権濫用の主張について

弁護人らは、「本件の公訴提起は、亀井県政と福岡県教育委員会とが、警察、検察と結託し、福教組、福高教組に組織攻撃を加え、県内総評運動全体の弱体化を企図し、組合幹部に狙い撃ち的な刑事弾圧を加え、労働者の団結と運動に打撃を与える目的でなされたものであつて、しかも、従来本件と全く同種同様の不受験説得行動がなされ、いわゆる管理職試験の中止や遅延が生じていたにもかかわらず、本件についてだけ公訴提起がなされたのは不合理であつて、憲法一四条、二八条、三一条などの人権規定をはじめ全法秩序に著しく違背する違憲、違法、不正、不当な公訴提起であるから、公訴権を濫用したものとして右公訴は棄却されるべきである。」と主張する。

ところで、現行法制の下では、公訴の提起は原則として検察官の独占するところであり、公訴を提起するか否かについても検察官に広範な裁量権が認められているのであるが、右裁量権を逸脱してなされた公訴提起の効果に関しては直接の規定がない。しかし、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によつてなされ、その逸脱が、憲法の基本的人権の保障条項、実定諸法規等を総合した全法秩序に照らし著しく正義に反するような極限的な場合には、それが公訴権の濫用として無効となる場合があることは、先に最高裁判所も判示した(最高裁判所昭和五二年(あ)第一三五三号昭和五五年一二月一七日第一小法廷判決・刑集三四巻七号六七二頁)ところである。

これを本件につきみるに、本件管理職試験が、後記のとおり、法律の根拠に基づく教育長の選考権、推薦権によつて実施されているものであつて、右試験は形式的にも実質的にも違法ではなく、かつ、右試験の実施を妨害しようとした被告人らの行為に違法性阻却事由は認められず、また判示認定のように、本件犯行の態様及び結果も必ずしも軽微なものとはいえないことなどを考慮すると、本件の公訴提起が、右両組合等に対する弁護人主張の如き弾圧目的でなされたものでないことが明らかであり、検察官の本件公訴の提起にはなんら裁量権の逸脱はないと認められる。

従つて、弁護人らの右主張は採用することができない。

二  威力業務妨害罪の「業務」と公務の関係について

弁護人らは、「(一)本件管理職試験は公務であり、業務妨害罪の『業務』に含まれない。(二)仮に『業務』に現業的公務も含まれるとしても、右試験は現業的ではない。(三)仮に『業務』に非権力的非支配的公務が含まれるとしても、右試験は伝統的な意味において権力的支配的業務である。従つて、本件は刑法二三四条の構成要件に該当しない。」と主張する。

判示の威力業務妨害罪の客体は、県教育長の行つた本件管理職試験実施に関する業務であり、右教育長は教育公務員特例法(以下「教特法」という。)三条により地方公務員としての身分を有し、また、同法一三条一項、地方数育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条、三四条、市町村立学校職員給与負担法一条、二条により、県立学校の校長等教職員及び市町村立学校の県費負担校長等教職員の任命権が県教委に、それに際しての選考権、推薦権が県教育長にあり、地教行法二三条、一七条一項により、教育長は教育委員会の権限に属する事務をつかさどる職務権限を有するので、県教育長は、右権限に基づき、本件管理職試験を実施したものであるから、右実施業務が公務であることはいうまでもない。

ところで、刑法二三三条、二三四条の「業務」について考察すると、刑法九五条一項の「公務」との関係から、従来、公務の概念区分を試み、その一つとして現業、非現業として区分する場合があり、この現業については公共企業体等労働関係法の適用のある業務、すなわち、いわゆる三公社五現業の現業業務を念頭においたものであつて、その趣旨は公務の実態が私企業の業務と殆ど異なることがないという発想によるものであり、次いで、権力的支配的、非権力的非支配的として区分する場合には、直接私人に対して命令、強制を現実に加えるところの権力的支配的公務は私企業の業務と全く相容れないものとされ、その趣旨が、非権力的非支配的公務の実態と私企業の業務のそれとが殆ど異ならないとの発想によるものであることは前同様である。そこで、業務妨害罪が、信用又は業務の安全を保権法益とする個人的法益であり、経済的性格の他に自由に対する犯罪としての性格も有することを考えると、公務であつても、権力的支配的公務ではなく、一般個人又は一般私企業の業務と比べて、その内容、実態等において殆ど差異のない場合には、刑罰による保護という面で、一般個人又は一般私企業の業務が保護されるのに、これと殆ど差異のない非権力的、非支配的、私企業的公務が保護されないとすれば著しくその権衡を失し不合理であるといわなければならない。

本件管理職試験についてみるに、右試験は校長、教頭の選考を行う際の資料を得るために実施し、任意の受験希望者(出願者)に対してのみ行われるものであり、かつ、右出願者に対する関係においても何ら強制力をもつて実施されるものではない。他面、右試験を受験しなければ校長、教頭には選考されないという一面があるが、これらはいずれも民間企業等において行われる入社、昇進等の各種試験と本質的に何ら異なるところはないのであるから、本件管理職試験実施の業務は、刑法二三四条にいう「業務」に含まれるものと解するのが相当である。

従つて、弁護人らの右主張は採用することができない。

三  威力業務妨害罪の保護に値する業務について

弁護人らは、「(一)本件管理職試験は、県立高校の校長及び教頭の福高教組による推薦制及び義務制小中学校の校長、教頭任用における福教組の推薦による地教委の意向尊重という教育の地方自治に根ざした従来の慣行を、なんらの合理的理由もなく廃止し、競争試験を行うものであるから、憲法九二条、教育基本法一〇条一項に違反する。(二)右試験は、校長、教頭任用の必要的要件とされ、地教委の内申が、教育長の選考の一方式である右試験の結果に拘束されるから、自主独立たるべき地教委の内申権が侵害され、地教行法三八条一項、憲法九二条に違反する。(三)右試験は、教育行政当局が教育統制をはかることを目的としたもので、教育に対する不当な支配に当り、教員の教育権の独立を保障した教育基本法一〇条一項に違反する。(四)右試験は、福教組、福高教組に対する組織破壊攻撃の一環として組合員の団結破壊の手段としてなされたもので、憲法二八条に違反する。(五)また、右違憲、違法に加え、右試験は、その内容自体についても極めて不合理であつて、その及ぼした現場の教育荒廃の弊害は大きく、教特法一三条一項の教育長の選考権の範囲を著しく逸脱し、又はその選考権の濫用をしたものであつて違法である。(六)従つて、本件管理職試験は、右のような重大な各法規に違反するので、その実施業務は、刑法二三四条の保護に値する業務に該当しない。」と主張する。

そこで順次検討を加えることにする。

1  本件管理職試験は、前記二のように行政法規に基づいた県教委の任命権、県教育長の選考権、推薦権により実施されているものであり、仮に、校長及び教頭の任命に関し、弁護人ら主張のような慣行が従来存在したとしても、右権限の前記根拠法規のほか、校長の職務については学校教育法が一般的に、「校務を掌り、所属職員を監督する。」と規定し(同法二八条三項、四〇条、五一条、七六条)、法制上、校長は、学校における管理者としての立場にあり、また、教頭の職務についても学校教育法が一般に、「校長を助け、校務を整理し、及び必要に応じ児童の教育をつかさどる。」「校長に事故があるときはその職務を代理し、校長が欠けたときはその職務を行なう。」と規定し(同法二八条四項、五項、四〇条、五〇条一項、五一条、七六条)、法制上、教頭は、学校における管理者としての立場をも持つものであつて(福岡県人事委員会規則第一四号管理職員等の範囲を定める規則二条二項、同委員会規則第一五号公平委員会の事務の委託を受けている市町村の管理職員等の範囲を定める規則二条でも、校長及び教頭を管理職員に指定している。)、右のような職務の性格をもつ校長及び教頭の人事が地方公務員法五五条三項の管理運営事項に該当することは明らかであるから、校長及び教頭人事は、福教組及び福高教組と県教委及び県教育長との間における正規の交渉の議題となりうる事項でもないこと等を加味して考えると、右慣行が、県教委及び県教育長の右権限を拘束しその効力を左右するような法的効力を有するものではないというべきである(福岡地方裁判所昭和四三年(行ウ)第七七号昭和五六年七月二九日判決・判例時報一〇二一号参照)。

従つて、仮に、校長及び教頭の任用にあたつては、管理職試験の結果をその判断の一資料とし、右試験を受けた者の中から選ばれるという実態があり、右試験を受験しない者をも推薦したいとする両組合の意向が全く反映されない場合が生じたとしても、教育長が、右選考権、推薦権に基づいて実施した本件管理職試験には、弁護人主張のような違法はないといわなければならない。

2  ところで、第五回、第八回及び第九回公判調書中の証人森田實の各供述部分によれば、本件管理職試験の結果は、県教育長が校長及び教頭を選考するうえでの一つの資料とされ、右試験を受験しない者は選考の対象とならず、結果的には、不受験者が県教委から校長、教頭に任命されることはないという実態が認められる。他方、市町村立学校の県費負担職員については、その任命権が地教行法三七条一項により県教委にあるとしても、その任命権を行使するには同法三八条により市町村教育委員会(以下「地教委」という。)の内申をまつて行うものと規定されている。従つて、弁護人らが主張するように、管理職試験を受験しない者は、たとえ地教委が内申しても、県教育長から、校長又は教頭に選考、推薦されることはなく、県教委からそれらに任命されることもないことになる。

そこで、地教委の内申権の性質について考察すると、現行法制上、学校等の教育に関する施設の設置、管理及びその他教育に関する事務は、普通地方公共団体の事務とされ(地方自治法二条三項五号)、公共学校における教育に関する権限は、当該地方公共団体の教育委員会に属するとされる(地教行法二三条、三二条、四三条)等、各地方の住民に直結した形で、各地方の実情に適応した教育を行わせるのが教育の目的及び本質に適合するという観念から、教育に関する地方自治の原則が採用されているが、この原則が現行教育法制における重要な基本原理の一つをなすものであつて、当該市町村における教育の地方自治という面からして、地教委の内申権が尊重されなければならないことはいうまでもない。しかし、県費負担教職員については、前記のような県教委の任命権、県教育長の選考権、推薦権の他に、その身分を当該市町村の公務員とし(地教行法三七条一項、三五条)、地教委がその服務を監督する(同法四三条一項)こととしながら、その任免、分限または懲戒、給与、勤務時間その他の勤務条件については県の条例で定めることとし(同法四二条、四三条三項)、県教委はその任免その他の進退を適切に行うため、地教委の行う県費負担教職員の服務の監督又は県が制定する条例の実施について、地教委に対し一般的指示を行うことができることとし(同法四三条四項)、また県教委は地教委相互間の連絡調整を行うこと(同法五一条)とそれぞれ規定されているので、地教行法の右規定は、市町村立学校の県費負担教職員の人事については、県教委が独断で行うものではなく、服務監督者である当該地教委の意向を反映させて教育の地方自治の原則を生かしながら、相互の協力により県単位における人事行政の適正かつ円滑な運営、あるいは教育の統一水準の維持を図ろうとしたものであると解される。このように、最終責任を負う県教委をして、服務監督権者として責任の一部を分担する地教委との密接な協働により、県単位における人事行政の統一的処理を行うという制度の趣旨、目的からすれば、地教委の内申権は、その内申を絶対のものとして、県教委の任命権の行使を拘束させようとしたものととらえることは相当ではない(福岡高等裁判所昭和五三年(行コ)第二号昭和五六年一一月二七日判決・判例時報一〇二六号参照)。さらに、福岡県教育委員会作成の「昭和五二年度管理職任用候補者選考試験実施計画」と題する書面(検七五号)によれば、本件管理職試験の受験資格は、現に福岡県内の国立学校、公立学校その他の教育機関及び教育委員会事務局に勤務する職員(但し、福岡県立学校管理職任用候補者選考試験の場合は、福岡県教育委員会の任命にかかる職員であること)で、教諭一級又は二級普通免許状を有し、大正一〇年四月二日から昭和一二年四月一日までに出生した者で、昭和五二年四月一日現在教職経験(教育委員会事務局または学校以外の教育機関に在職した期間を含む。)一〇年以上とされていることが認められるので、校長又は教頭の受験資格のある者について、その自由意思に委ねて広く受験の機会を与えていることをも考え合わせると、右試験を受験した者の中から県教育長が選考し、県教委が任命することに非難されるいわれはなく、他方、地教委としては、いかなる者を内申するかは自由であるというものの、仮に不受験者を内申しても実際上は県教委から校長や教頭に任命されることがない実態にかんがみて無意味なことであるとして、内申を実効あらしめるため現実的には管理職試験の結果をみて内申するのが実情であり、その意味において、内申の独自性や実効性が従前より乏しくなつていることは否めないところであるが、いまだこれをもつて地教委の内申権が侵害されたとまではいうことができない。

従つて、本件管理職試験が、地教行法三八条一項、憲法九二条に違反するとは認められない。

3  本件管理職試験が教育基本法一〇条に違反するか否かについて考えると、そもそも教育基本法一〇条は、教育と教育行政との関係についての基本原理を明らかにしたものであり、同条一項については、公教育が国民から信託されたものであるからして、教育が専ら教育本来の目的に従つて行われるべきであり、一般に教育関係法令の解釈及び運用については、法律自体に別段の規定がない限り、できるだけ教育基本法の規定及び同法の趣旨、目的に沿うように解釈し、「不当な支配」とならないように配慮しなければならず、同条二項については、国又は地方公共団体の教育統制権能を前提としつつ、教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き、そのための措置を講ずるにあたつては、教育の自主性尊重の見地から教育に対する行政権力の不当、不要の介入は排除されるべきであるが、許容される目的のためにする必要かつ合理的な介入は、たとえそれが教育の内容及び方法に関するものであつても許されるものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年(あ)第一六一四号昭和五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁参照)。

本件管理職試験については、前記のように手続法上の違法はなく、校長及び教頭の任用権限及び任用手続に関しては、任命権が県教委に、それに際しての選考権、推薦権が県教育長にそれぞれ存し、市町村立学校の場合は当該地教委に内申権を、校長にも地教委に意見を具申する機会を(地教行法三九条)与えて、教育現場等の意向を反映しうるという方式を採用しており、第六回及び第一一回公判調書中の証人富張昇の各供述部分、第五回、第八回及び第九回公判調書中の証人森田實の各供述部分によれば、福岡県における管理職試験導入後の校長及び教頭任用手続の運用実態は、まず、市町村立学校の場合は、(一)当初、市の教育委員会及び町村にあつては、おおむね郡単位の教育長連絡会議において、それぞれ、管理職受験者の中から校長、教頭の空き人事を勘案して候補者を具体的に絞る、(二)更に(あるいは当初からという場合もあるが)、県教育庁の出張所長あるいは教務課長もそれに参画する、(三)更に、県教育庁指導第二課(小・中学校担当課)人事管理主事も加わつて候補者選定を詰めていく、(四)右のような事前協議を経て、各市町村教育委員会が内申をする、(五)そして、県教育長の決裁、県教育委員会の議決、任命に至るという手続がとられ、次いで、県立学校の場合は、(一)県教育庁指導第一課(県立学校担当課)管理主事四人が、管理職試験受験者の中から、その所属学校長から日ごろの勤務成績などについて意見具申を求めながら、登用人員を若干上回る候補者を選定する、(二)右候補者につき指導第一課長、指導第一部長、県教育長が参加協議して候補者を確定し、(三)県教育委員会に付議し議決、任命するという手続になつていることが認められ、校長等の任用手続の実際においても各市町村の教育委員会、教育長及び学校長を関与させ、県教育庁の内部手続も慎重にしたうえで候補者を選定し、県教委の議決を得ている。

また、前記の証人富張昇、同森田實の各供述部分によれば、県教育長が校長等の任用についての選考権を行使するに際しては、教職員の指導及び学校の管理を適正に実施していく人材を選ぶという目的から、平素の勤務成績の状況、本人の研修、研究の実態、勤務状況、人物、手腕等を調査するほか、主に管理職としての資質、適性をみるための全県的な客観的、統一的な資料を得るということで本件管理職試験を実施し、右試験の結果を判断の一資料としたうえ、右各資料を総合判断して選考していることが認められる。

右事実によれば、福岡県における校長等の学校管理職の任用手続は、その法制度及び運用実態の外形において、地教委、学校長等の段階での意向を反映させ、かつ、県教育庁内部の手続も慎重に行われるような方法を採用するなどして、県教委及び県教育長の独善に陥らないように一応の配慮がなされており、さらに、このような任用手続の中で、本件管理職試験は、主に管理職としての資質、適性をみることを目的として、県単位における客観性のある一つの資料を得るということで実施されているのであつて、任用手続の際の判断資料も公正、かつ、客観的なものを得ようとする態度が窺える。

従つて、右のような校長等の管理職の任用制度、運用実態、本件管理職試験の趣旨、目的を考慮すれば、県教育長が、専ら教育統制を目的として教育に対する不当な介入を行うために、本件管理職試験を実施しているものでないことが認められる。してみると、本件管理職試験が、教育基本法一〇条に違反するものでないことが明らかである。

4  そして、前記のように、本件管理職試験がその手続上の違法がなく、地教行法三八条一項、憲法九二条、教育基本法一〇条に違反するものではないうえに、右試験の趣旨、目的をも考慮すれば、右試験が、福教組、福高教組に対する組織破壊攻撃の目的であるとか、組合員の団結破壊の手段としてなされたということは認め難いところである。

もつとも、第二八回及び第二九回公判調書中の証人牧野正国の各供述部分、第二九回及び第三〇回公判調書中の証人芦田遠之の各供述部分並びに第三一回及び第三二回公判調書中の証人古賀藤久の各供述によれば、福教組及び福高教組の組合員の中には、管理職試験の受験準備等によつて、組合意識が稀薄となり、組合から脱退する者もあること、校長又は教頭に任用されるには組合から脱退しなければならないと思つている者もあることが認められるが、これは、県教委側が管理職試験制度を継続的に維持しているのに対し、福教組及び福高教組が右試験制度に反対してその廃止を求め、従来、県立高等学校の場合には福高教組による校長推薦制、教頭の公選制が慣行として行われ、義務制小中学校の校長及び教頭の任用についても福教組側の推薦による地教委の意向が最大限に尊重されていたとして、右のような任用制度を採用するようにと主張し、不受験を運動方針として、両者が対立していることにその一因があることを否定し難いところであるが、右両者の主張は、つまるところ、子どもの教育のためには、何れの方法がより優れているかの、いわゆる教育人事行政における政策選択の問題であるということができる。そうであるならば、教職の場においてこれにたずさわる者が、いずれの方法ないしは立場を選択するかは各自の自由であつて、仮に県教委側と同じ立場ないしは方法を良しとする者に、組合意識の稀薄化や組合脱退の動きがあつたとしても、それもまた各自の自由に属することで、そのこと自体なんら非難すべきことではない。

従つて、本件管理職試験は憲法二八条に違反しない。

5  なお、証人平山正衛、同三苫鉄児、同麻生信子、同松尾昭二、同高取浩三、同江島政光、同小川定雄、同角敏秀の当公判廷における各供述によれば、管理職試験の受験準備のために日常の教育実践がおろそかになつている教職員が見うけられること、受験者とそうでない者との間に学校教育活動に対する信頼関係、協力関係を保つことが困難になつている学校現場もあること、管理職試験を受けて校長等の管理職員になつた者の中で、管理者という立場を強調する余り、教職員との間で反目がみられる学校もあることが認められる。そして、このような事態の発生が、前記のように管理職試験をめぐる県教委側と両教組側の対立に由来する一面があることは否めないところであると考えられなくもないが、そのすべて、もしくは殆どの原因が管理職試験実施に因ると断定するのは早計に過ぎ、相当ではない。

従つて前記のような事態の発生を目して、これを直ちに教育長の選考権の範囲を逸脱したことによるものであるとか、右選考権の濫用によるものであると言うことはできない。

6  以上によれば、本件管理職試験が、形式的にも実質的にも違法であるということは認められないのであるから、右試験の実施業務が刑法二三四条の保護に値する業務に該当することは明らかである。

従つて、弁護人らの前記主張は採用しえない。

四  威力業務妨害罪の「威力ヲ用ヒ」について

弁護人らは、「本件は、集団的労働関係という特殊な場において発生した行為であるから、その犯罪構成要件該当性の判断については、憲法二八条の団結権、団体交渉権その他の団体行動権の原則的保障の観点に立ち、かつ、労働法原理をふまえて、限定的、縮小的解釈を堅持すべきである。そして、被告人らの本件行動の説得的意義に照らし、本件被告人らの、いわゆるピケツテイングは、静止的、受動的、防禦的であり、いぜんとして説得の実を失わず、団結の示威にとどまるもので、右の『威力』に該当しない。」と主張する。

刑法二三四条にいう「威力ヲ用ヒ」とは、人の自由意思を制圧するに足りる勢力を用いることと解されている。威力は、暴行、脅迫はもちろん、地位、権勢を利用する場合及び、いわゆるピケツテイング、座り込み等による勢力の誇示、騒音、喧操等、およそ人の自由意思を制圧するような勢力一切を含むと解すべきである。

これを本件につきみるに、本件犯行の状況は前判示のとおりで、被告人らの本件行為が不受験説得の一面を有していたとしても、その行為、態様からみて、受験者及び係員に対する試験場への入場阻止を最終的な目的とし、かつ、それを実行したものであるから、単なる説得及び団結の示威としての域にとどまらず、その相当性の範囲を逸脱していると判断され、被告人らの本件所為は、「人の自由意思を制圧するに足りる勢力」に当たるものと認めるのが相当である。

従つて、弁護人らの右主張は採用できない。

五  違法性阻却事由の主張について

弁護人らは、「本件行為に至る経緯、背景事情、本件行為の動機、目的、手段、方法、態様の相当性、県教委側の対応の不誠実性、行為の結果と法益の均衡、被告人らの具体的行為内容等の諸般の事情を考慮するならば、(一)本件行為は正当行為として違法性を欠き、あるいは(二)威力業務妨害罪が予定した可罰的違法性を欠き、もしくは(三)その違法性が軽微であつて法秩序全体の見地からみて許容されるべきであり、結局違法性を阻却する。」と主張する。

しかし、本件管理職試験が憲法九二条、二八条、教特法一三条一項、地教行法三八条一項、教育基本法一〇条に違反するものではなく、形式的にも実質的にも違法なものではないことは既に述べたとおりであり、判示認定の事実及び前掲各証拠によれば、福教組及び福高教組は、民主教育の確立を基本理念として、組合の意向を反映した民主的な人事慣行を確立するという目的を持ち、そのために管理職試験に反対し、組合員の不受験を基本方針としていること、本件試験当日も受験者に対する不受験説得を一つの目的として両組合員を本件犯行当日に現場付近に集結させたことが認められるが、両組合の教育に対する基本理念や活動方針としての教育人事行政への取組み方針の是非は、前記のように校長等の管理職の任用制度の具体的方法がいかにあるべきかとの問題ともかかわつてくるので、ここでそのことの是非を論ずるのはしばらくおき、仮に、前記組合の基本理念や活動取組み方針がそうであつたとしても、被告人らの本件犯行に至る経緯、態様、結果は判示事実に示すとおりであつて、犯行の手段、方法、態様も相当性の範囲を逸脱し、その結果も経微なものとは言えず、これら本件諸般の事情を併せ考えると、被告人らの本件行為が、正当行為に該当しないことは勿論、いわゆる可罰的違法性を欠くものとは認めることができない。

従つて、弁護人らの右主張は採用しえない。

(量刑の事情)(略)

よつて、主文のとおり判決する。

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